植林ツアーに参加してくれた皆さまへ 〜 マル秘裏話 〜
第1回ということでかなりバタバタのツアーでしたがなにはともあれお疲れさまでした。
反日の最中のツアーでありながら取り合えず無事終了してスタッフ一同 ” ホッ ” としています。
帰ってきてから自分達の仕事が鬼のように溜まっていてみんなに報告書も書けなかったのですが、
ようやく、いつも通りの日々に戻ったのでこの辺でみんなに裏話&報告をしまーす。
今回、てんつくマンのこともよくわからず参加された人もいると思うので、
『てんつくマン』とは何ぞや?!てなところも交えていきます。
この企画がスタートしたのは昨年8月頃だったかな?
元々、てんつくマンは本気で地球温暖化を止めたい!割り箸の消費量を減らしたいと常々思っていたようで、
講演会のたび、日本各地で呼びかけてました。
たった一度だけ使う割り箸を作るために多くの木が切られ、一回だけ使った割り箸は燃やされ、
また二酸化炭素を出すという究極の悪循環を、まったく止めることはできなくても、
減らすことはできるだろうと考えていました。
そんな折、広島での講演会の際に参加してくれた白(ハク)ちゃんという中国人の女性が、
割り箸の大きな工場が中国の大連というところにあって、
原料となる木はハルピンというところで切られているということを教えてくれました。
当然、日本は割り箸の世界有数の消費国で、日本人が使うためのお箸を中国の木を切って作っています。
それなので中国のどこかで植林したいと白ちゃんに相談したところ、白ちゃんの旦那の友達の故郷が、
沙漠化が進んでいてその砂が日本に黄砂として飛んできているので、緑も増やせるし黄砂も少なくできるので、
旦那様の友達の故郷で植林したらどうだろうか? と提案されました。
そこで、いろいろ考えた結果、取り合えず割り箸工場と沙漠化が進んでいる現地を見に行ってみよう!
ってことになり昨年の 2004 年 7 月に一回目の調査に行きました。
" 何故、政府が動いてくれたか ” ということは後で詳しくご説明しますが、
植林の現地視察に行くということを知った中国政府は車を5台も用意してくれて、
しかも対応は VIP 扱いで沙漠化してしまった場所や、これから沙漠になろうとしている場所を案内してくれ、
いろいろと沙漠化の現状を話してくれました。
政府の方がおっしゃるには、地球温暖化によって、雨が減って、どんどん砂漠化しているとのことでした。
中国政府でも植林に力を入れているが、資金面で苦しく、もっと支援が必要なので、
是非、四子王旗で植林活動をしてほしいとのことでした。
一旦、日本に帰り考えさせてもらいたいと伝え日本に帰って来たわけだけど、
心の中ではすでに決まってました。
ここで、説明すると白ちゃんの旦那様というのは、ツアー中通訳をずっとやっていた曽さんなんです。
最終日の演舞の時、司会をやっていた彼と言えばわかるかな?
そして旦那様の友達というのが曽さんと一緒に通訳をやっていた葉(ヨウ)君です。
その葉君の故郷が内モンゴルの四子王旗なのです。
予断ですが曽さんと葉くんと白ちゃんの3人は留学で広島の大学に勉強に来ていたんです。
現在は白ちゃんと曽さんは日本に残って結婚し葉君は中国に帰って北京で自分の会社をやっています。
そこで、何故?中国政府が視察に行くことを知っていて VIP 扱いしてくれたかというと、
葉君のお兄さんが四子王旗政府で植林担当として働いていて、
お兄さんの奥さんの周さんは四子王旗のテレビ局で副局長をしていたので、
バッチグー(かなり死後に近いけど)のタイミングで全てつながったのです。
周さんは髪がストレートのロングヘアの人で、いつもツアーに付き添っていてくれた人
っていえば思い出してもらえるかな?
話を元にもどしますが1回目の視察から帰ってきて、いろいろ考えた結果、
中国・内モンゴル で植林するのはもちろん、折角やるなら大々的に告知して、
飛行機もチャーターして派手にやりますか?!ってことになり、
中国政府に正式に“やりまっせ”って返事をしました。
そこから、企画書作ったり、賛同してくれるゲスト探したりと始まったわけですが、
スタートした 当初は怖いぐらいうまく行ってました。
が、しかし・・・・・それ程世の中甘くは無いってことでいろいろ壁は登場してくるわけです。
最初の難関は飛行機のチャーター費用の支払い!!
チャーター費用は新築の家を買えちゃうぐらいの金額で、
ツアー前に全額支払わないといけないので ” さあ大変!! ”
3回に分けて払うんだけど、1回目の1月末で早くも1000万円を入金するために資金調達にドタバタし、
それでもなんとか1回目の支払いにはギリちょんセーフでまにあった。
その後も、資金繰りではかなりドタバタ劇がありました。
そして、次の難関は産経新聞の掲載が予定通り載らない!載らない!
素人がやってるってこともあったけど、産経新聞社内の間違いもあって、ぜんぜん予定通り進まない!!
その他にも産経新聞用の応援コメントをヤクルトの古田さんにお願いするため
沖縄まで行ったりと、まーいろいろ壁はありましたが、
何を隠そう、最後の止めは海外支援・ボランティアの難しさを痛感させられる出来事がありました!!
当初は時間がかかりながらも、私達 → 曽さん(翻訳) → 四子王旗政府と
なんとか連絡がとれていたのに、ある時から、四子王旗政府とうまく連絡が取れなくなってしまいました。
というのは、四子王旗の政府の方たちには、海外支援やボランティアという概念がもともと無いため、
何故、日本人は高いチャーター費用・旅行費用をわざわざ払って、こんな田舎に来るんだろう?
だったらそのお金を支援にまわしてくれればもっと木が買えて植林できるのに!
それから、日本人が四子王旗に来るのは、ほぼ日中戦争以来で、
日本人が来るとホテルの準備やら街中での警官の準備などいろいろ大変だ!
という話になり、そこに日本側からホテルのことやらツアーのことで細かい要望をしたため、
「できたら今度のツアーは一旦白紙に戻してほしい」ということになっていたようです。
何故、いたようですという書き方をしたかと言うと、
実は私たちスタッフにもその話は聞かされてなく、
曽さんと葉君が間に入って、四子王旗政府の方たちに世界のボランティアの現状や、
今回のツアーの意味を説明して、ようやくまた話が再開されました。
そんなこんなでなんとか話は再開された訳ですが、
募金のほうも最後の最後ギリちょんで総額 500 万円を入金しました。
当初は100万元=1300万円を支援予定でしたが、
最終的には500万円を政府の口座に入金して、なんとか苗木の手配ができることになりました。
募金の使われ方はこちらを見て下さい。
そして4月15日からツアーはスタートし、無事終了したわけですが、
最後に俺とてんつくマンと四子王旗の政府の人達と食事をした時、
四子王旗の旗長がこんな話をしてくれました。
今回、日本の皆さんが来てくれて2つ大事な事を勉強できました。
1つは植林という仕事は地味だし、汚れるし、疲れる。
日本の皆さんが顔を炭で真っ黒に塗り合いしている時は何をしてるんだろう?
と不思議に思いましたが、疲れるし大変な仕事だからこそ楽しくやろうとしてるんだと分かったこと、
そして2つ目は環境に対する考え方やボランティアの精神がわずかだけど理解できた、
と言うことを言ってました。
その他にも、ホテルの設備や食事のことでいろいろ参加者の皆さんには不便な思いをさせたけど、
次回も新たな植林と大きくなった木を見に是非来てくれと付け加えてくれました。
今回、植林ということで木を植えに行ったわけですが、
ボランティアの精神も植えることができたので、違った意味でも 大成功だったと思います。
また反日の最中のツアー決行ってことで、日本を出る数日前から直接お叱りのメールやら、
大きなお世話メールなど多数いただきましたが、すべての物事は誠意を持って行動すれば、
答えはおのずと付いてくるものだなと思います。
最後に、中国の政府の人が植林に関して話してくれたことをみなさんにお伝えします。
中国、内モンゴル自治区では約5年前から植林に力を入れてきたわけですが、
当初は植林の方法やアフターメンテナンスについて暗中模索もいいところで、
毎年100本植えると翌年には100本枯れるという植林を続けてきたそうです。
今回、植林した場所にはダムが作られ1本1本の苗木に水が行き渡るよう作られていたわけですが、
何故?パイプが張り巡らせてあったかというと先ほど書いたように、
100本植えては100本死ぬということを繰り返していても無駄なので、
とにかくお金がかかっても1箇所きちっとダムを堀り、周りに森を作り、
そこからどんどん森を増やし広げていこうと意図があります。
私たちが四子王旗の街からバスに乗って植林地に行く途中も、数多く失敗した場所がありました。
現在でもこれという方法は見つかってないのが現状ですが、
ようやく少しずつ結果が出てきているようで、間違いなく雨の量は年々増えているそうです。
四子王旗では、ここ3年間は年を追うごとに降雨量が増え、毎年、
よくても300 mm 程度しか雨が降らなかったのが、
昨年2004年は記録的に降雨量が増えて600 mm に達する勢いだったそうです。
昨年は政府はもちろん、四子王旗人民も心から植林の効果を実感したようです。
また、政府の植林担当者も、お金の支援はもちろん、植林の方法や植える木等でいい情報があったら、
情報による支援も是非お願いしますと言ってました。
今回の竹炭にはかなり興味があるようできちっと見届けていきたいと言ってました。
みなさんのアンケートを読ませてもらって、
食事が食べきれなくてもったいないとの指摘がありましたが、この辺が文化の違いだと思います。
内蒙古ではチンギスハーンの時代から客人に対して、酒と食事は切らすなという文化があるようです。
ホテルの料理担当者の話ですが、日本人の口に合うかどうかわからないが精一杯努力しました。
と言ってました。今回、食べきれないぐらい食事がでてきましたが、
これは四子王旗の料理人の誠意と思って下さい。
ただ、残ってしまうのはもったいなので、次回は量を減らしてもらうよう伝えたいと思います。
その他、 植林の日数のこと etc 検討させて頂き、なるべく2回目は反映できるように努力したいと思います。
それと、これだけは伝えておいてくれと言われたことが一つありました。
それは、歓迎の時に貰った白い布です。
あれはチンギスハーンの首に巻いていたものと同じで、
モンゴルの人民が客人にプレゼントをして一緒に酒を酌み交わすというのは、
内モンゴルでは最高のおもてなしであり、尊敬の意味が込められているそうです。
かなり変わった使い方してる人もいたようなのでお伝えしときます。
次回は、来年の春か夏ごろに性懲りも無く飛行機をチャーターして行く予定です、
今回は飛行機をいっぱいにできなかったけど、次回は溢れるぐらいで行って、
また大感動の嵐、涙腺緩みっぱなしのツアーにして、みんなで白酒(パイチュー)で乾杯したいもんですな!!
それから、次回は皆さんからいろいろ企画を募集したいと思っています。
例えば、今回は政府から衛生面を配慮して NG がでてしまいましたが、
植林地でおにぎりランチにする企画や、草原で熱気球を飛ばして上空から植林地を見る企画とか・・・
それからなんとか次回はパオに泊まれるように企画したいと思います。
みんながワクワクできて、初めて参加する人も気兼ねなく楽しめる企画を募集したいと思っていますので、
いつでもいいので info@picnic-earth.org にメールするか、メイクの事務局まで郵送して下さい。
今回参加してくれたみなさん、次回もまた友達、親戚縁者をお誘いの上、
スケジュールをこれでもかこれでもかこれでもかと調整の上ふるって参加して下さいませませ!
本当に最後になりますが、チャーター費用が足りなくお金を貸してくれたみなさん、
そしてツアーに参加してくれたみなさん本当にありがとうございました。
NGO MAKE THE HEAVEN スタッフ一同 |